SPOT 02
江戸時代、芦田川河口は瀬戸内海屈指の商業港。全国から数千隻の廻船が出入りした。
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福山駅の東側を流れる芦田川。江戸時代、この河口は廻船による瀬戸内海交易の重要な拠点でした。大坂や瀬戸内各地から年間数千隻の商船が出入りしたと記録されています。
江戸初期、福山は内陸の城下町でした。しかし幾度かの治水工事により、河口が近づき、18世紀には外国船の来航にも対応する重要な港となったのです。綿、塩、魚、米などが全国へ流通し、それとともに、上方の文化・技術・学問も福山にもたらされました。
福山城主・水野勝成の後継たちは、この交易拠点としての価値を認識し、積極的に港湾整備を進めました。その結果、福山は中国地方有数の商業都市となり、18世紀末には「西国随一の繁華地」とまで呼ばれるようになったのです。
廻船が去った今、駅前には現代の高層建築が立ち並びます。しかし目を凝らせば、この土地の地形に、かつての川の流れや港の痕跡が残されています。江戸から現代へ、福山は変わり続けながらも、その土地の本質を守り続けているのです。